使用者は被害者に支払った損害賠償を被用者に対して求償できるか?
使用者が使用者責任に基づいて被害者に対して損害賠償を支払った場合,被用者に対して支払った損害賠償金を求償できるのでしょうか。ここでは,使用者が被用者に対して支払った損害賠償金を求償できるのかについてご説明いたします。
被用者に対する求償の問題
被用者・従業員が会社の事業の執行について交通事故を起こした場合,その使用者も使用者責任に基づいて損害賠償責任を負うことがあります(民法715条)。
使用者は実際に交通事故を起こしたわけではありませんが,その交通事故が事業執行において生じている場合,使用者は被用者を使用することによって利益を得ている以上,それによって生じた損失も負担すべきであることから,使用者にも損害賠償責任が発生することになるのです。
使用者が使用者責任を負う場合,被害者の方は,被用者だけではなく,使用者に対しても損害賠償を請求できます。したがって,使用者が,被害者の方に損害賠償を支払うという場合もあるわけです。
この場合,仮に使用者・会社が被害者に対して損害賠償金を支払った場合,使用者・会社は,その交通事故を起こした加害者である被用者・従業員に対して,支払った損害賠償金を請求することができるのかが問題となってきます。
本来他人が負担すべき金銭を交付をした者が,その他人に対してその金銭の償還を請求する権利のことを求償権といいます。上記の問題は,会社の従業員に対する求償権の行使が可能かどうかの問題です。
→ 使用者責任とは?
使用者の求償権
【民法715条】
- ある事業のために他人を使用する者は,被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし,使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき,又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは,この限りでない。
- 使用者に代わって事業を監督する者も,前項の責任を負う。
- 前二項の規定は,使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。
いかに使用者責任とはいっても,実際に不法行為,つまり交通事故を起こしたのは被用者・従業員ですから,使用者は,従業員に対して,被害者に支払った損害賠償金を求償することができるのが原則のはずです(民法715条3項)。
もっとも,使用者責任とは,前記のとおり,報償責任の原理に基づくものと解されています。つまり,使用者は被用者を使って利益をあげているのであるから,その被用者を使うことによって生じた不利益も甘受すべきであるという原理です。
その観点からすると,確かに実際に交通事故を起こしたのは被用者ですが,その被用者に従業員として働いてもらうことによって会社も利益を得ていた(あるいは今後得ていく)はずです。
したがって,その被用者が,事業に関して起こした不利益については,被用者の代わりというわけではなく,使用者自身も一定の負担をすべきであるということになります。
そのため,会社・使用者の従業員に対する求償権の行使は,一定の限度において制限されると考えるのが通説的な考え方です。
もっとも,どの程度制限されるのかというのは,個々の事情によって異なってくるでしょう。
使用者の求償権の制限
使用者の求償権がどの程度制限されるのかの判断基準としては,最高裁判所第一小法廷昭和51年7月8日判決が参考になるでしょう。
同判決は,使用者の被用者に対する求償権の範囲の判断要素について,以下のとおり判示しています。
使用者が,その事業の執行につきなされた被用者の加害行為により,直接損害を被り又は使用者としての損害賠償責任を負担したことに基づき損害を被つた場合には,使用者は,その事業の性格,規模,施設の状況,被用者の業務の内容,労働条件,勤務態度,加害行為の態様,加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において,被用者に対し右損害の賠償又は求償の請求をすることができるものと解すべきである。
上記判決は,使用者の求償権の範囲の判断要素として,以下の要素を挙げています。
- 事業の性格
- 事業の規模
- 施設の状況
- 被用者の業務の内容
- 被用者の労働条件
- 被用者の勤務態度
- 加害行為の態様
- 加害行為の予防・損失の分散についての使用者の配慮の程度
上記判決によれば,使用者の求償権は,これら諸般の事情を総合的に考慮して,損害の公平な分担の見地から信義則上相当といえる範囲に限定されるということになります。
上記判決では,結論として,使用者が求償できる金額は4分の1にとどまるとしていますが,事案によっては,会社から従業員への求償を一切認めなかったという裁判例もあります。
裁判例などからすると,使用者・会社の求償権は大幅に制限されることが多いといえるでしょう。場合によっては,求償権行使が一切認めれないこともあるということです。