交通事故における素因減額

交通事故における素因減額(素因減責)とは?

交通事故等の発生や損害の発生・拡大について,被害者の心因的な要因や身体的な要因が影響している場合,その程度に応じて損害賠償額を減額することができるのかという問題があります。これを「素因減額(素因減責)」の問題といいます。ここではこの素因減額(素因減責)とは何かについて,東京 多摩 立川の弁護士がご説明いたします。

(著者:弁護士 志賀 貴

素因減額(素因減責)とは?

交通事故など不法行為に基づく損害賠償請求においては,当事者間での損害の公平な分担の見地から,不法行為の成立や損害の発生・拡大について被害者にも過失(落ち度や不注意)があるといえる場合,その被害者の過失を斟酌して損害賠償額を減額できるとされています。これを「過失相殺」といいます。

この過失相殺のように,当事者間での損害の公平な分担の見地から,被害者の事情を斟酌して損害賠償額を減額させる理論として「素因減額(素因減責)」という理論があります。

すなわち,素因減額とは,不法行為の成立や損害の発生・拡大について被害者の素因が寄与・競合しているといえる場合には,その被害者の素因を斟酌して損害賠償額を減額するという理論です。

>> 過失相殺とは?

素因減額の考え方

素因減額については,いくつかの考え方があります。

1つは,被害者の素因を考慮すべきではないとする見解(不考慮説)です。英米法では,加害者は被害者のあるがままを受け入れなければならないのが原則とされ,不考慮説が通説・判例となっているとのことです。

もっとも,わが国では,被害者の素因も考慮すべきであるとする見解(考慮説)が一般的といってよいでしょう。ただし,素因を考慮すべきとする見解のうちでも,どのような理論で減責をするのかという点において諸説分かれています。

その諸説のうちで通説的見解が,素因減責に過失相殺規定を類推適用するという見解です。最高裁判所も,素因減責を肯定しつつ,この過失相殺類推適用説を採用しています。

すなわち,過失相殺類推適用説では,不法行為の成立や損害の発生・拡大に対する被害者の素因の寄与度を,過失相殺の過失割合のように割合的に把握して,損害賠償額を減額することになります。

たとえば,被害者の素因が損害の拡大等に30パーセント寄与していたのであれば,損害賠償額を30パーセント減額するという処理がなされることになります。

素因減額(訴因減責)において考慮される「素因」は,「心因的要因」と「体質的要因」に分けることができます。

心因的要因による素因減額

心因的要因とは,ごく簡単にいうと,被害者の心理的・精神的・性格的な問題ということです。

典型的なものは,賠償神経症です。賠償神経症とは,相手方に対する賠償を増額させたいという願望から発症する神経症で,本人に自覚はないものの(自覚がないので詐病とは違います。),過度に痛みなどを感じたり,訴えたりするようになります。

最高裁判所でも,民法722条2項の類推適用による心因的要因の素因減額が認められています(最一小判昭和63年4月21日)。

ただし,この判例の事案は,被害者に賠償神経症に近いような症状がみられたという非常に特異な事案でした。少し通常の人よりも痛みの感じ方が大きいというような程度のものまで訴因減額を認めたものではありません。

心因的要因による減額をあまりに安易に認てしまうと,加害者や保険会社による賠償回避の手段として利用され,被害者保護をないがしろにしてしまうおそれがあります。したがって,慎重な判断が求められることはいうまでもありません。

この点,交通事故事案ではなく,過重労働によるうつ病のり患から自殺に至ったという労災事案の判例ですが,心因的要因による素因減額について,性格が個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない場合には,心因的要因による素因減額はできないとした最二小判平成12年3月24日が参考になるでしょう。

また,最高裁判例ではありませんが,下級審裁判例には,加害者は被害者のあるがままを受け入れなければならないのが原則であるとして,心因的要因による素因減額を否定したものもあります(東京地判平成元年9月7日)。

体質的要因による素因減額

体質的要因による素因減額も,最高裁において認められています。体質的要因による減額を最初に認めた最高裁判例は,最一小判平成4年6月25日です。

この判例は,被害者が1か月前にり患していた一酸化炭素中毒疾患が,交通事故による頭部打撲をきっかけとして悪化し死亡したという事例です。一酸化炭素中毒という「疾患」が体質的要因として対象となっています。

その後,平成8年10月29日に,素因減額について2つの最高裁判例がなされました。

1つは,頸椎後縦靭帯骨化症という疾患のある被害者が,交通事故によりむち打ち症となり,その治療が長期化したという事案です。

この事案で,最高裁は,素因減額を認めなかった原審判決を破棄差戻ししました(最三小判平成8年10月29日交民29巻5号1272頁)。なお,差し戻し審(大阪高判平成9年4月30日)では素因減責が認められています。

もう1つは,首が普通の人よりも長いという身体的特徴を持った被害者が,交通事故によりむち打ち症となり,さらに左胸郭出口症候群・バレーリュー症候群となったという事案です。

この事案で,最高裁は,通常人と異なる特殊な身体的特徴を有していたとしても,それが疾患に当たらない場合は,特段の事情のない限り,その身体的特徴をもって素因減額できないという判断をしました(最三小判平成8年10月29日民集50巻9号2474頁)。

これらの判例から考えると,体質的要因による素因減額は,損害の発生や拡大に寄与した体質的要因が「疾患」に当たる場合には素因減責が認められ,体質的要因が疾患に至らない「身体的特徴」にとどまる場合には,原則として素因減額は認められないということになるでしょう。

素因減額と過失相殺の順序

素因減額と過失相殺の両方が問題となる場合に,どのように処理をすべきかということも問題となってきます。

この点については,まず素因減額をし,その後の残額について過失相殺をするという方式と,素因減額率と過失相殺率を加算して一挙に損害額を減額する方式があります。

一般的には,まず素因減額をした後に過失相殺をするという方式がとられています。

ご予約

このページの先頭へ